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千年持続学宣言
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沖大幹(文部科学省大学共同利用機関総合地球環境学研究所、東京大学生産技術研究所)
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科学技術は、脆弱な人間を自然への隷従から解き放ち、労働に伴う理不尽な苦痛と自然災害や疫病による不慮の死を軽減させ、人の生活圏と自由な時間、そして知の領域を拡大してきた。しかしながら、身の回りの環境汚染や自然破壊の進行、種の絶滅や食品の安全性、都市化に伴うさまざまな歪み、あるいはオゾン層の破壊や地球温暖化の懸念など問題は山積みの状態である。これらの問題の科学技術による解決に対し、必ずしも薔薇色の未来が描けないのは、「現代は過去の資産と将来の資源を浪費しており、科学技術による問題解決はそれを加速するだけではないか」という、いわゆる地球環境問題の根底に流れている漠とした不安やためらいがあるからだと思われる。こうした閉塞感を打ち破るために必要なのは、「千年持続性」を支える千年科学技術体系の構築である。
「千年持続性」とは何か。それは日本国民、そして人類全体が千年後も健康で文化的な生活を送れるように、と願い、そのためにできることを今やろう、という未来への強い意思を持ち続けることである。 人の一生よりも遥かに長く、全く見通しの立たない千年先を考えるよりは30年後、あるいはせいぜい100年後を目標とする方が現実的だという意見があるかもしれない。しかしながら、近未来の展望を考える時、人は現在の知識から敷衍して、実現可能であると期待される将来像を描いてしまいがちであり、「100年後はこうなっているであろう」という自らの予測の精度を高めたり、あるいはそれがどの程度現実化しそうであるかに心を奪われてしまう。これに対して千年後に思いを馳せた時、人はその実現可能性を超えて「こうであって欲しい」という未来への強い意志を持つことになるはずである。 例えば、現在の快適な生活や社会におけるさまざまな人間活動はすべてエネルギーの消費を伴っている。産業革命に端を発する化石燃料の使用量の増大は歴史上に類をみない生活の質の向上と寿命の延長をもたらした。しかし現時点での調査結果では、例えば世界の化石燃料の利用可能年数は石油があと40年、天然ガスで70年、大気汚染などの影響が大きく利用に問題も多い石炭で300年足らずであると予測されている。エネルギー問題の将来展望を21世紀に限った場合、こうした化石燃料の埋蔵量、利用可能年数がどのくらいの精度で信頼できるか、あるいはどの程度現実的であるかといった問題や、使用量を10%もしくは20%減らそうという目標設定に纏わる数字の議論になってしまう。しかし、千年持続性を意識して考えると、20%使用量を削減しても利用可能年数が25%伸びるだけであり、埋蔵量の推定精度に100%の誤差があったとしても千年後には現在の形での化石燃料は利用できなくなる。それでも「現代と同様のエネルギー消費水準を保てるようであって欲しい」と願うならば、省エネルギー技術など目先の問題解決型の研究開発とともに、何らかの代替エネルギーの開発と利用を進めていかねばならないことは明白である。これが千年持続性を支える千年科学技術の発展を促す原動力となる。 ではしかし、千年後を見据えた科学技術というものが成り立ちえるのであろうか。身の回りを見渡してみると、表面的にはごく最近作られた人工物に囲まれているように思える。しかし、人間社会を支えているさまざまな仕組みや基本には案外古くからの科学や技術が生かされている。衣食住に関連した知恵や工夫など無形財産としての科学技術はもちろんのこと、実際に千年以上、あるいは千年までいかずとも数百年にわたって利用され続けているものもある。例えば、土木や建築の建造物は、そのものの耐用年数だけでも100年程度、定期的な補修や部材の交換によっては千年以上も継続して利用される。さらには、ある機能を持つ建造物が一旦作られるとその周囲にも特有の街並みや景観・機能が形成され、その建造物が跡形もなくなった後々にまでも影響が及び、情報が受け継がれていく。中国四川省の都江堰は実に2300年以上にわたって四川盆地に灌漑水を供給し続けているし、日本でも山梨県富士川の信玄堤は400年以上も甲府の街を守り続けている。 このように、近年の急激な科学の発達の中ではしばし忘れ去られていた感もあるが、千年持続性を支える千年科学技術というものは確かに存在している。逆に、いわゆるコンピュータの2000年問題は千年持続性に対する配慮に欠けていた典型的な例であった。千年科学技術的に考えれば、一旦人工物、それを統合化したシステム、あるいは人間的な社会システムが作られると、例えそれがあまり出来のよくないものでも暫くは使わねばならないし、もしよいものであったなら定期的な補修、改良を経て、設計者や製作者の意図を越えて長期間利用されるものである。したがって、コンピュータのソフトウエア開発に際してもそうした点を事前に充分に考慮する責任があったということになる。ただし、予測を越えた事態が生じることを防げないのもまた常であり、そうした場合には柔軟に対処し、既存のシステムの長所を生かしつつ使い続けることも千年持続性の理念にかなっている。そういう意味では、2000年問題を乗り越えることによって情報科学技術も千年科学技術的側面を持ち始めたと言えるかもしれない。 21世紀の科学技術のなかで千年持続性を特に考慮する必要がある分野はやはり地球環境問題であろう。現在取り沙汰されている多くの地球環境問題の根元には人口の増加、鉱物資源やエネルギー資源の枯渇などの問題がある。食糧需給の逼迫、水資源管理の問題、気候変化や沙漠化の進行などもそれらから派生している。地球環境問題の解決のためには、それらの問題が過去どのような経緯で推移してきており、世界的に見て現在どのような状況であり、今後それらがどのようになっていくのか、という点について的確な知識を持つことが何より重要である。それは、包括的な文明史調査、地球観測技術の向上、国際的な情報ネットワークの構築、そして自然系人間系を統合した高度な数理モデルによる巨大シミュレーション・システムなどによって実現可能だと期待する。現在よりも飛躍的に進歩したそういうシステムが21世紀初頭に稼動した暁には、食糧生産や水や気候などの変動に関する短期的な予測が飢饉なども含めた自然災害による人命・財産の世界的な軽減をもたらし、人口や資源あるいは社会的発展と国際貿易などに関する長期的な予測が限られた社会資本の有効な投資に画期的に役立つことであろう。そして、このようにして得られる情報を積極的に提供することによって、日本は国際社会に対して大きく貢献することができるに違いない。さらに、危機が予測された時の対応策としては、その場限りではなく、できるだけ人類の資産として継承していけるような代替案を選んで実施することが千年持続性を実現する道となるだろう。そのように千年持続性を念頭に置いた千年科学技術によって地球環境問題の解決が図られるようになると、「現代の人間は前の世代から受け継いだ文化と文明の恩恵を享受しているだけではなく、次の世代へ引き継いでいく文明的資産を形成しているのだ」という自信を21世紀には持てることになる。 そのためにも21世紀初頭には、新たな千年紀の第1段階として、千年持続性を支える科学技術の本質が何であるかを体系立てて明らかにする必要がある。これについては先例から学べる点も多いに違いない。すなわち、千年以上昔に考案され、現在に至るまで利用され続けている社会システム、施設などには科学技術を持続的に応用するための知恵が秘められているはずである。日本、世界で長期間利用されているそうした施設を調査研究し、それらが持続的であった社会科学的ならびに自然科学的要因を評価吟味し、それらの共通項を抽出することによって、長い期間人間社会に貢献し続けられる社会的・文化的資産をいかにすれば構築することができるかがきっとわかるはずである。もちろん、長期的な展望のみでは不十分であり、目の前の問題解決のためにバイオ、物質材料、情報、そして環境等に関わる新たな技術開発を行なうことも重要である。ただ、すでに顕在化している、あるいは近い将来に顕在化が想定される諸問題に対処する科学技術を探る際にも、常に長期的な展望、千年持続性を意識することが不可欠であり、その考え方の指針をこれから打ち立てていく必要がある。 持続的発展、あるいは循環型社会の構築という言葉が巷間で取り沙汰されるようになって久しいが、千年持続性を考えるということは、あたかも発展を続けることが目標であるかのようなSustainable Developementから、Sustainability DevelopmentあるいはDevelopment of Sustainability、すなわち、持続的な社会の構築を指向する、ということにほかならない。新たな千年紀と21世紀の初頭にあたって肝心なのは、現在生きている自分自身や直近の子孫だけではなくて、遠い将来、千年先にまでも思いを馳せ、目の前の21世紀にわれわれが研究開発していく科学技術が、実は千年後の人類が快適で安全に生存できる社会の実現に役立つはずであるし、また役立つようにするために不断の努力を続けねばならないと一人ひとりが自覚することである。21世紀の社会と科学技術がそのような方向に進むことを切に願っている。
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